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言の葉【ことのは】

「か」の音霊(おとだま)

「か」の音《おと》の心《こころ》は力《ちから》・重力《じゅうりょく》。

力《ちから》とは、人《ひと》に本来《ほんらい》備《そな》わっている働《はたら》きで、何《なに》かをする時《とき》に無《な》くてはならない根源的《こんげんてき》な働《はたら》き。

力《ちから》とは、人《ひと》に最初《さいしょ》から与《あた》えられている働《はたら》きで、何《なに》かをする時《とき》に無《な》くてはならない大元《おおもと》の働《はたら》き。

力《ちから》とは、人間《にんげん》の知恵《ちえ》では計《はか》り知《し》れない何《なに》ものかから授《さず》けられた働《はたら》きで、何《なに》かをする時《とき》に絶対《ぜったい》に必要《ひつよう》な、一番《いちばん》根《ね》っこにある働《はたら》き。

「か」のつく言葉《ことば》・・・神《かみ》、力《ちから》。

神《かみ》・・・「か」(力《ちから》)と「み」(形《かたち》あるもの)が合《あ》わさったもの。

鏡《かがみ》・・・「か」(力《ちから》)がどんどん増《ま》して、「み」(形《かたち》になる)になる
「かが」・・・同《おな》じ音《おと》が続《つづ》くときは、その事《こと》が次々《つぎつぎ》と間《ま》を空《あ》けずに起《お》こることを示《しめ》す。

「か」の数霊《かずたま》は25。

「か」の音《おと》の意《こころ》は力《ちから》・重力《じゅうりょく》。

「か」の音《おと》に与《あた》えられた心《こころ》は力《ちから》・重力《じゅうりょく》。

「か」の音《おと》の心《こころ》は力《ちから》・重力《じゅうりょく》。
 

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《参考文献》
吉野信子(2015)『カタカムナ 言霊の超法則』

 
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神話【かみかたり】(神話)

神道の二つ名(しんとう の ふたつな)

神道《しんとう》の二つ名《ふたつな》(別名《べつめい》)は惟神道《かむながらのみち》。

「な」は現代《げんだい》日本語《にほんご》の「の」。

「かむながら」は「神《かみ》の柄《がら》」。

「柄《がら》」の意味《いみ》は性質《せいしつ》。性質《せいしつ》とは、生《う》まれながらに備《そな》わっている他《ほか》と比《くら》べて際立《きわだ》っている徴《しるし》のこと。

「神柄《かみがら》」とは、神《かみ》に元々《もともと》備《そな》わっている(他《ほか》と比《くら》べて)際立《きわだ》っている徴《しるし》のこと。

「惟神道《かむながらのみち》」とは、神《かみ》に元々《もともと》備《そな》わっている(他《ほか》と比《くら》べて)際立《きわだ》っている徴《しるし》が染《し》み渡《わた》っている道《みち》。

すなわち、神道《しんとう》(惟神道《かむながらのみち》)とは神《かみ》の御心《みこころ》の道《みち》。

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≪參ね物(參考文獻)【たづね もの(サンコウ ブンケン)】≫
・林達夫ほか (1972)『世界大百科事典』平凡社
・金田一春彦 (1977)『新明解古語辞典』三省堂
・藤堂明保 (1978)『学研漢和大字典』学研プラス

 
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文花【あやはな】(文学)

大空は 藤原定家(ふじわらのていか)

大空《おおぞら》は 梅《うめ》のにほひに かすみつつ
くもりもはてぬ 春《はる》の夜《よ》の月《つき》
            藤原定家《ふじわらのていか》

大空《おおぞら》は梅《うめ》の香《かお》りに満《み》たされて霞《かす》んでいる。そしてぼんやりと曇《くも》ったままでいる春《はる》の夜《よ》の月《つき》...

この詩《うた》の素晴《すば》らしいところは「かすみ」という視覚《しかく》に加《くわ》えて、「にほひ」という嗅覚《きゅうかく》にも訴《うった》えているところです。
さらに、「にほい」という目《め》に見《み》えないものを「かすみ」という目《め》に見《み》えるものにしてしまいました。見《み》えるものと見《み》えないものが入《い》り乱《みだ》れている...
そして「くもりもはてぬ」と続《つづ》き、朧《おぼろ》げさが増《ま》していきます。

本歌《ほんか》は、

照《て》りもせず 曇《くも》りもはてぬ 春《はる》の夜《よ》の
朧《おぼろ》月夜《づきよ》に しくものぞなき
              大江千里《おおえのちさと》

明《あか》るくもなく暗《くら》くもない春《はる》の朧《おぼろ》月夜《づきよ》。これに並《なら》ぶものはない。

大江《おおえ》の詩《うた》の本説《ほんせつ》(詩《うた》を作《つく》る際《さい》に基《もと》にした文《ぶん》)は、

不明不暗朧朧月
     白氏文集《はくしもんじゅう》
明《めい》ならず暗《あん》ならず朧朧《ろうろう》たる月《つき》

どれも、ぼんやりとした春《はる》の夜《よ》を詠《よ》んでいる優《すぐ》れた詩《うた》です。

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≪參ね物(參考文獻)【たづね もの(サンコウ ブンケン)】≫
・林達夫ほか (1972)『世界大百科事典』平凡社
・金田一春彦 (1977)『新明解古語辞典』三省堂
・藤堂明保 (1978)『学研漢和大字典』学研プラス

 
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文花【あやはな】(文学)

花は散り 式子内親王

花は散り その色となく ながむれば
むなしき空に 春雨ぞ降る
             式子内親王《しきしないしんのう》

(はなはちり そのいろとなく ながむれば むなしき
そらに はるさめぞふる)

桜の花が散って、何を眺めるというのでもなく、ぼんやりとしている。何もない空に春雨が降っている。

平安時代の終わり頃に詠まれた歌です。天皇《すめらみこと》による政《まつりごと》が終わろうとしていました。また、式子の人生も終わろうとしていました。桜が散るのを見た式子内親王は、色々なものを重ね合わせながら歌を詠みました。

此《こ》の方《かた》は、人並外れて頭が良く、巧《たく》みな技《わざ》を使いこなしながら、気持ちを火のように燃え立たせて多くの歌を作りました。心の内に盛りあがる気持ちを詩《うた》に表したいという思いが彼女の全ての歌に含まれています。
式子の歌は、藤原定家《ふじわらのていか》の歌作りの技《わざ》に万葉歌詠み人《うたよみびと》の溢《あふ》れ出る思いが混ざっています。これこそが、巧みな技を礎《いしづえ》として美しさを表そうとうする行いです。

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≪參ね物(參考文獻)【たづね もの(サンコウ ブンケン)】≫
・林達夫ほか (1972)『世界大百科事典』平凡社
・金田一春彦 (1977)『新明解古語辞典』三省堂
・藤堂明保 (1978)『学研漢和大字典』学研プラス

 
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