カテゴリー
歷し史【へしふみ】(歴史)

文武天皇 1

【キーセンテンス】
「天皇」が先で「日本」が後

[ad#a-auto-1]
[ad#a-336-1]

 
●第42代文武(もんむ)天皇の略歴

名は軽皇子(かるのみこ)。
草壁皇子(くさかべのみこ)の第一皇子。
母は元明天皇。

689年(持統3)7歳のとき皇太子であった父の草壁皇子と死別。
祖母の持統天皇の庇護のもとで育てられた。

697年(文武1)、持統天皇譲位により即位。
( 702年(大宝2)までは、祖母の持統太上(じとうだじょう)天皇が文武の政治を助けた )

701年(大宝1)、大宝律令が制定された。

[ad#a-auto-1]
[ad#a-336-1]

 
●第42代文武天皇に関する重要事項

701年に「大宝律令」という独自の法律を作った。

「日本」という独自の国号を作った。

「天皇」という称号は、第40代天武天皇が初めて使った。
つまり、「天皇」が先で、「日本」が後。

 
≪参考文献≫
・竹内睦泰 (2016)『古事記の宇宙』青林堂
・渡部昇一 (2011)『決定版・日本史』扶桑社
・井沢元彦 (1997)『逆説の日本史〈1〉古代黎明編』小学館

 
↓応援クリック、いつもありがとうございます。
にほんブログ村 その他日記ブログへ