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佛の敎へ【ほとけのをしへ】(佛敎)

現代諸学と仏法 4

【キーフレーズ】
無と有

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⚫︎本文

「仏法は反省自覚法である」と言うと、現代の新説の様に受け取られかねない。
仏法は論理的にも倫理的にもすべて反省自覚法。
己の心の「妙と法」を観ずること。
止観すること。

 
⚫︎解説

妙= 無、0、空、何もない、無分別、非論理
法=有、1、色、何かがある、分別、論理

無から有が生まれるにあらず。
無も有も同じもの。
人間の心が無とみるか有とみるかだけのこと。

真理は哲学や科学や客観的分析では到達できない。
真理は釈尊の教えを信じ、釈尊の境涯に近づくような行為が必要。
真理 = 死んだり生まれたりすることのない永遠の命。

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・観(かん)ずる・・・しっかりと集中して見る。対象と自己を同一化させる。
・観じている時、人はその対象そのものになっている。「観る」は、「見る」や「眺める」とは違う。
仏教成立以前は、「観」には「神と人の一体化」という意味が含まれていた。

・止観・・・
「止」と「観」を合わせた語。
止とは精神を一つの対象に集中し、心が静まった有様(ありさま)。
止は観の準備段階。
観は対象をあるがままに観察すること。
止観をすれば、智慧の働きによって、真理を感得する(一切を明らかにする)ことができる。

 
《参考文献等》
・石田次男, 本橋雅史(1986)『現代諸学と仏法』日経企画出版局
・中村元(翻訳)(1958)『ブッダのことば―スッタニパータ』岩波書店
・『中杉 弘のブログ』

(アクセス日:2017/5/3)

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《今日の言葉》
「世の中の良きもしきもことごとに神の心の仕業しわざにぞある」
本居宣長

 
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