(正字体・歴史的仮名遣いと[現代字体・現代仮名遣い]を併記)
【キーフレーズ】
「蓑」と「実の」
(詞書-ことばがき-)
小倉の家に住み侍りける頃、雨の降りける日、蓑借る人の侍りければ、山吹の枝を折りて取らせて侍りけり、心も得でまかりすぎて又の日、山吹の心得ざりしよし言ひにおこせて侍りける返りに言ひつかはしける
(訳)
小倉山付近の家に住んでおりました頃、雨の降った日に、客人が帰り際に蓑を借りたいと言われたので、山吹の枝を折って持たせました。その人は訳も分からずにお帰りになりました。何日か経って、(蓑を借りようとしたのに)山吹を折って渡された意味が分からなかったと言われたので、返事の代わりに歌を送りました。
七重八重 花は咲けども 山吹の
実のひとつだに なきぞあやしき
ななへやへ はなはさけども やまぶきの
みのひとつだに なきぞあやしき
[ななえやえ はなはさけども やまぶきの
みのひとつだに なきぞあやしき]
兼明親王
かねあきら しんなう
[かねあきら しんのう]
後拾遺集 1154
ご しふ ゐ しふ
[ご しゅう い しゅう]
●漢字を付加
七重八重 花は咲けども 山吹の
実の一つだに 無きぞ奇しき
●訳
山吹の花は七重八重と艶(あで)やかに咲くのに、実が一つも結ばないのは不思議なことです。
●歌を通して客人に言いたかったこと
「実の無い枝」をお渡しすることで、私の家に「蓑(みの)が無い」ことを分かっていただけるでしょうか?
●歌にまつわるエピソード
太田道灌が蓑を借りようとある小屋に入ったところ、女性が無言で山吹の花一技を差し出したので、道灌は怒って帰宅した。後に山吹には兼明親王の歌を汲んでほしいという女の思いが託されていたことを知り、自分の無学を恥じたという話が『常山紀談』に載る。
《参考文献》
西下経一 校訂 (1940)『後拾遺和歌集』 岩波書店
《今日の言葉》
「真実の山は、登って無駄に終わることはない」
ニーチェ